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欲の塊

インシュレーター大作戦その2

 

あれからどうなったかというと。

※詳しくは前回の記事をご覧ください。


インシュレーターとは、スピーカーを浮かすために敷くやつです。共振を抑えたり?することで(別の人は物の持つ周波数を変えることで、とか言ってた)微妙に音を変えるとか変えないとか。

スピーカーの下になんか敷くと良い意味でも悪い意味でも変わるのは確かです。物理の時間は寝てました。わかりません。

今回、友達の彼女が持ってきてくれた謎のスピーカースタンドと、小銭で前回の続きをやっていきたいと思います。

 

さて、レコーディングエンジニアになった友達が作業場に来てくれたので一通りモニター環境についての悩みを相談しました。

「キックの芯がない。中低域がぼやける。なんか変だ…」と。

 

一通り部屋を見てくれて、

「たしかに中低域がぼちゃっとしてるな!150〜200Hzがぼやぼやだし、キックもっと出したいねえ」と言いました。

 

それでは、まず小銭を敷いてみます。

「俺が部屋で試してみて一番これだって思ったやつ」「マジ小銭最強だから」と自信満々なミラクルなそれは1円玉2枚で5円玉1枚を挟んだもの。

f:id:superhina:20200516052307j:image色々あってコンプ直置きです…

とりあえずこれを4点で下に敷いて聴いてみると


「キック少し存在感出たね。」

「悪くないけどなーー…」

 

びみょ〜〜〜な感じ。

 

まず使ってるスピーカーのADAM A5X自体が低域にクセあるんだよなースピーカーの背後の窓のカーテンを閉めて、壁に吸音材を貼ったほうがいいな…

というルームチューニングの話になってきて

 

やっぱりインシュレーターだけじゃなくてもっとトータルで考えなきゃダメよね…」と思いました。というわけでその辺の話はまた後日すると思います。適切な吸音が大事。らしい

 

さて、友達が持ってきた謎のスピーカースタンドを試してみました。

f:id:superhina:20200516060331j:image配線きちゃない
「おおっ」

「奥行きがでた!」

「定位感がかなりよくなったな」

 

「でも低域はよくならんね」

 

そう、定位感(どこにどの楽器があるのか、みたいな感覚。ギターが右にいるとかボーカルは真ん中とか)はかなり表現豊かになったのですが、低域の改善はありませんでした。

 

「いやーーーーでもADAM自体低域の表現苦手な気がするから。ていうか、このサイズこの価格帯(ペアで10万円近くしたのにw)で80Hz以下が出るスピーカーなんてほぼないから!」

 

となると、サブウーファーに手を出すのか…?という話になるのですが、あまりにも沼すぎて怖気ついてきた。なにこの底なし沼。少しずつ買い足して、やっとまともな作業場風になってきたな〜と思っていたが、道のりはまだまだ続いていますね。

まあもう今年はオシャレに金はかけない覚悟なんで卍

 

話を戻して、次はナットのみで聞きました。

f:id:superhina:20200516052839j:image

「ペチペチ言う気がする…」

「アタックでるね」

「でも定位感はさっきのほうが全然いいね」

 

ということで今回の優勝は

スピーカースタンドになりました。

f:id:superhina:20200516052858j:image

やはりスピーカーのために開発されただけあって音はよかった。商品を信じろ。

 

ちゃんちゃん♪

 

というわけにはいかない。そう、スピーカースタンドを立てたということは高さが変わるということで、耳の高さにあったものが高さが変わるわけです。つまり椅子の高さを変えなければいけないのだ。

 

ナヌッ

 

しかしうちの椅子はもうこれ以上高くならないのだ!

友達に言われた。「買い換えろ」

 

そしてさらに、スピーカースタンドはもちろんいろんな会社からいろんな商品が出ていて、その中からさらにお気に入りを見つけなければならないのだ。

 

ナヌーーーーーーーー!!!!!

 

というわけで今いろんなスタンド見てます。オススメ情報常に募集してます。みなさん助けてください。

 

はい、椅子も買い換えます。

ちなみにいいやつ、14万とかしてドン引きした。オススメの椅子情報も募集しています。

二日酔い対策も募集しています。

吸音材も断熱材も買います。

給付金でな!!!!!!!!

 

そして友達が一言

 

「ていうかケーブル全とっかえするのが1番音変わるよ」

 

「自作がコスパいいよ」

 

「とりあえず部屋にあるオーディオケーブル全部、とっかえようか」

 


次回!ケーブル自作編!

 


明日はどっちだ!

 


※前回の記事で色々オススメしてくださったんですが時間が足らず全てサルページできませんでした。すみません。また吸音材貼る時とかに試します。

インシュレーター大作戦

お久しぶりです。雛です。

 

最近Twitterも更新も少なくなにしとったんやと思うかもしれませんが、コロナ中はひたすら環境整備と、基礎の見直しをしておりました。

 

たった先ほど、作業部屋を自宅から引っ越しました。機材も増えてきたので手狭になってきたのでした。

Twitterにも載せましたが、可愛らしい部屋になりました。

f:id:superhina:20200512200915p:image

電子工作もできるように塗装なども一通りできる部屋です。

これを機にモニター環境の見直しをはかりました。

聴こえる音にズレがあるとミキシングした音ももちろんずれるし、完成予想図を立ててアレンジをすることも難しいですよね。

 

さて、AudioI/OをAntelope Discrete8にしました。とろみのある音がすきです。色気がある気がします。気がします。オーディオは最終的には「気がする」にウン十万かけるようになるジャンルなのでこれで良いのです。

スピーカーはかの有名なADAM A7X…ではなくADAM A5Xです。

 

なんだか相性が合わない気もするけど買い換えるお金がないのでしばらくはこのままです。

 

録音のためにdbx160Aというコンプレッサーも買いましたが(超安価で譲ってもらいました)これはまた後日お話しします。

 

さて、元々技術的なことがとにかく苦手であまり向き合ってこようとしなかった私ではありますが、そんな事は言ってられないと思い、色々自分なりに調べて、作業机を完成させよう、そう思い至りました。機材がよくても配置が悪ければだめらしいので。なんで〜〜お金で解決したい〜〜やだ〜〜〜

 

こっからはすごく繊細な音の世界ですが読んでやってください。

 

スピーカーなんて直置きでよくね!?と思ってたんですが、どうやらそういうわけにはいかないらしい。下になんか敷かないとだめだろと怒られました。この「下になんか敷くやつ」をインシュレーターといいます。

友達に言われました。「そんな下になんか敷いただけで音が変わるわけね〜じゃん!オーディオオカルトだよ!」と

実際どうなんでしょう。

さっそくやってみましょう。

 

まずスピーカーの置く位置を決めました。机のサイズをはかり、センターをきめ、なんかいい感じになるように置いて、またはかって、左右対象にします。

そして、なんかいい感じになるようにスピーカーの角度を内向きにします。

「なんかいい感じに」ってなんやねんと思われるかもしれませんが、うまく説明できない。中心の音が大きくなりすぎないように、左右に音が逃げないように、重てえ〜〜〜と思いながら動かす作業です。

 

さて、センターから43cm、そして2.5cmの角度をつけました。

 

ここからがインシュレーターの深い深い沼でした。

 

というのも、高いものは8万も9万もするものだからです。(もっとするかも…)

あんな耳アカみたいにちっさいのに…。

 

もちろんそこまでお金は今はかけられないから、ダイソーで色々買ってみることに。

ガラスの箸置き、ゲルマット、陶器の容器など。

それらに加え、なんとなく買ったAudalexのスピーカー用マット。

 

これらを組み合わせて、環境作りを更に追い込んでいきます。

 

まずガラスの箸置き。

置くと音が云々以前にぐらぐらする。

「スピーカー落ちるやん」

ということで不採用になりました。

 

次、ゲルマット。アタックがぼやけるというか、変なとろみが。例えるなら、片栗粉を入れすぎたような音がする。これもなし。

 

次、陶器の容器。に行く前に、Audalexのマットを敷きました。

「なんか低音がすごい曇った…」

 

一緒にいた友達も言いました。「なんかすげーこもったね」と。

でももしかしたらよくなるかもと思い陶器の容器を上におきました。

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「なんかすげー変な音する!!!」

美味しい料理にはちみつを入れすぎたような音がする。合わない色のアイシャドウを塗って目が土偶色になったみたいな音がする。うまく低音がどうなって高音がこうなってとか言えないけど、絵の具と絵の具を混ぜて残念な色になった、そんな音がする。うねり?みたいな。微々たる差ではあるけど気持ち悪い。これは…やめ!

なんで?なんでこうなるの?

 

じゃあ陶器の容器だけにしてみたらどうだろう?

 

「なんか…変…キックがひっこんでる」

「てか直置きが一番マシだったよな」

「直置きでよくない?もうめんどいよ」

「やっぱりインシュレーターなんてオーディオオカルトなんだよ」

「そんなことないよーだって直置きめっちゃキック固いじゃん…。スピーカーの接地面との共振で音が変わるの、あると思うけどなあ。」

そう。直置きは、塩味を濃くしすぎた焼き鳥みたいな、濃縮だしなのにストレートの配分でぶちこんでしまった煮物のような、おいしいんだけど、味濃い、三口くらいしか食べられない、そんな音がする。

しかし、もう休憩したくなってきた昼下がりの午後3時。

 

「いや、ホームセンター行こう」

私は決めました。こうじゃない気がすると思ったら最後まで試そう。

 

西日がキツくなってきた午後4時に夕陽に向かって歩き続けて着いた。よくアマチュアのモニター環境に登場するコンクリートブロックを買おうと思い店員のおばさんに聞いた。「コンクリートブロックどこですか」「あー表に置いてありますよ」

表に行ったがない。若い女店員に聞いた。「うちでは取り扱ってないです」取り扱ってないんか〜〜い!!!仕方ないのでナットと滑り止めマットを買って帰った。

 

帰宅即作業。その前に…

 

「てかなんでスピーカーのボリュームMAXなの???」

 

という指摘が。たしかに…いつのまに?

「気づかなかった…これじゃ音変わっちゃうじゃん。スピーカーのアンプの味付けがされちゃう」

 

スピーカー側のゲインを0dbに戻して聴いてみる。

 


「すげ〜素直な音になった!!!」

「わたしなにやってんだよ〜〜〜!!!」

 

迂闊だった。アホだった。死にたかった。全然音が違った。あの子可愛いけどメイク濃すぎじゃない?みたいな音が適度なナチュラルメイクになった。そんな感じがした。

 

「これもうよくない…???」と思ったけどせっかく買ったんだからおくことにした。

 

ナットを3点で置いてみる。

 

「…正解じゃない?」

「うん…同じこと思った。」

 

うまく言えないけど友達も同じ感覚だったから間違ってない気がする。腑に落ちた感触があった。あ、正解これだわっていう。

もう語ることはない…お疲れ様…酒でも飲もうや…と思ったが、私はある可能性から目を逸らすことができなかった…

 

「スピーカー、かなり机のギリギリはじにおいてるし、滑りやすい机だし、地震来たら落ちるんじゃないの…?

 

震度3でもすってんころりん待ったなしであろう滑りの良さである。これはリスキーすぎる。ということで滑り止めマットを敷いてみたが。

f:id:superhina:20200512200831j:image

「なんか………アタックが飛んだ…」

「アタックが少しこもったね」

 

ヘッドホンと聴き比べてみる。

 

「アタックがこもったね。少しだけど…」

「いや…でもナットだけだと地震来たら終わるよ。妥協もいるよ。バランス考えてこれがベストだよ。」

 

ん〜〜〜と思ったが仕方ない。

ある程度机が悪い気もする。こんな滑りやすいつるつるな机にしやがって!

 

「今日は店になかったけど、コンクリートブロックを試してみたいと思うんだけど」

「そしたら高さが変わっちゃうじゃない?椅子の高さ変えてみようか?」

スピーカーは原則耳の高さと同じ位置にないといけない(らしい)

というわけで椅子の高さを変えようとしたが、これ以上あがらない。マックスだった。

 


「椅子、買い換える…!?」

 


インシュレーター大作戦!

明日はどっちだ!

誰でも音楽が作れる時代

最近は音楽のことをよく呟くんですが、一番大きな理由は発信してないと私が曲を作ってるという事実が不透明になるからです。私は本来は歌うことに全く興味がないタイプの人間ですし、歌手としては全く価値がないでしょう。アイドルと思われる事が多いのは吝かではないですが、こんなにデブで可愛くないアイドルがいてたまるかと自分でツッコミをいれてしまいます。誰が好き好んでこんなアラサー女を神輿に担ぐのかと。

しかしパッと見自分でDAWを弄っていると誰も思わないことも事実でしょう。

よほど音楽好きの変態でない限り、制作についてのマニアックな呟きは興味を持たれないことは私もよくわかっているんですが、アイドルだと思われても困るので自らの音楽制作や、聴いている音楽については今後はきちんと発信していきたいなと考えております。

さて、今更なんですが最近StudioOne3からStudioOne4.5にアップデートしました。本当に今更ですが、今までは3で事足りていたものがなんだか急に物足りなさを感じたんです。

StudioOneとは愛用しているDAW(パソコン上で曲を作るためのソフト)要はピアニストにとってのピアノのようなものです。これがないと曲が作れません。

今はちょうど友人の家で制作合宿的なものをしていて、Twitterにも載せましたが(音質が悪く申し訳ないです)spliceでダウンロードしたサンプルのみで曲を作る試みなど実験的な遊びをしていました。spliceとは月額サンプリングサービスで、月額料金を払うことで膨大なサンプルから好みの音色にアクセスして自作曲に使えるサービスです。安価なのに、サンプリング音楽に付き物の著作権の問題はクリアしているところが画期的とされています。クラブ系のコンポーザーの大半は使っていると思います。

存在は知っていましたが今回改めてガッツリ使用してみようと思い、友人が指定したサンプルを使い制作をしました。

音質が良いものが多く、ほしい音は調べれば大体出てくるので、組み合わせれば誰でもそれっぽい音楽を作ることができます。

はっきり言ってこんな環境が用意されて曲が作れない人はいません。iPhoneDAWをダウンロードして、適当にサンプルを貼りつけて、可愛い顔の女に適当にゆるいラップを歌わせてYoutubeにアップロードしましょう。これで簡単にアーティストを名乗れるでしょう。

また、StudioOne4の新機能もかなり最先端で、オーディオからコードを解析することも、指定したコードにオーディオを従わせることも可能です。これについては本当に驚きました。今後の制作に大きな影響を及ぼすことでしょう。

オーディオの自動スライスも容易になりましたし、FLStudioのようなシーケンス機能までつき、言葉で書くと専門用語を知らない人にとってはちんぷんかんぷんかもしれませんが、要は極限まで感覚的に曲を作ることができるようになっているということです。

つまりこれからの時代、音楽を作るにあたって必要なものはセンスのみです。

もちろんミキシングやマスタリングについては専門的なスキルが必要ですが、分業でやっているアーティストばかりです。

以上述べた事について、私は危惧もしていないし、嫌な気持ちはありません。むしろ喜ばしい事だなと感じています。私としてもより感覚的に鳴らせるというのは嬉しいですし、コードの解析が容易になったことも、その後ライブ用にコードを起こしたりする作業が格段に楽になりました。

DAWはもはや楽器ですね。これで本当にStudioOneと完璧に連動する演奏用のハードがあればライブがとても楽になるのですが(笑)

というわけでセンスがあれば誰でも音楽家を名乗れる時代になりました。しかしそれに比例して音の金銭的価値は急速に下がっています。特にYoutube隆盛の今は映像作家は引っ張りだこですが、音楽は付加価値をつけないと価値がつきません。CDが飛ぶように売れていた時代こそ異常で、今は正常に戻ってきたというだけなのかもしれません。なぜなら音楽とは元々体験でしか聴けないものだったからです。録音技術が生まれたのは歴史的にみてつい最近のことです。ライブで稼ぐというのはあるべき姿でしょう。

私のような変態音楽オタクには肩身の狭い時代になってしまいました。音楽理論なんかやる意味はありません。センスで作れる時代ですから。よくわかっています。しかしそれでも学ぶ理由は、好きだからです。変態でしょう?

かといって自分が真人間になることは不可能で、この変態性こそ自分のウリです。ビジネスと捉えた時にこんなピーキーな女まあどうしてくれようと思いますよね。私なら困ります。

さて、自分自身売れるかどうかは傍に置いといて、音楽がフリー素材化している現在でどう生きるかは向き合わないといけないことですね。

音楽の市場価値は今後もしばらく下がり続けるでしょう。しかし、投資的な考えで言うと下がるということは上がるということでもあります。私はそのボラティリティに期待しています。というのは、これからの未来で何がどう価値になるかは誰にもわからないことだからです。

などとそれらしいことを申し上げましたが、正直どうなっても気ままに過ごします。市場価値なんてどうでもいいことです。他の仕事して過ごしたっていいんです。だって、楽しくなかったらとっくにこんなこと辞めてますよ。

「この音にこのプラグイン挿してこのつまみ弄ったら超変な音になった〜!きゃっきゃ!」って言いながら死にたいです。

私は自分自身のために音楽をやっているのであって、ファンの方達のために音楽をやっていません。感謝はありますが、恩は作品と生き様で返します。私は好き勝手に生きるので、皆さんも好き勝手に生きてください、と思っています。

そう言語化できるようになってから、無理に刺しに行かなくてもいいのかなーなんて、少し解放された気持ちになりました。というわけで、今後の曲も楽しみにしていてくださいね。

引き続き、よろしくお願いいたします。

未来があるという事

友人が自殺未遂をしました。全く違う界隈の関係のない友人達が最近だけで2人。

不思議なことに2人とも同じことを言いました。

整形を重ねても綺麗になれなくて、中身も大したことないままで、このまま生きていても仕方がないと

絶望した…と。

自殺を考える時、多くの人はこう感じています。

未来がない、と。未来がないままダラダラ生きるならもう死のうと。

私もネガティブによくなります。特にこれからの季節は尚更です。死にたくなります。しかし実際行動に移すことは、しません。家族をはじめとした、大切な人たちがいるからです。私は幸せ者だと思います。

さて、2人ともとても綺麗な顔だと私は思います。

しかし今私が認識しているその綺麗な顔も整形で作ったものです。

昔の写真も可愛らしさがあって素敵だと思いました。しかし「可愛らしい」と言う言葉は彼女達からしたら侮辱です。その気持ちはわかります。なので言いませんでした。今が綺麗、それが全てです。

SNSには可愛い子達が大勢います。皆努力しています。モテたい、得したい、そんなことはどうでもいい子が多いです。そういう意識以前に私たちは自信がほしいのです。自分が愛されるに足る人間だという証明を求めています。誰が自分を綺麗と可愛いと言おうが、自分で鏡を、他人が撮った写真を直視して、自分自身が納得しない限り、愛される資格が下りた気になりません。

人生はまだはじまっていないとすら思います。納得のいく顔になりはじめて自分自身の人生をのびのび生きられるのだと、そういう歪んだ認知があります。私も頭のどこかでそう思っています。なので彼女たちの気持ちは痛いほどよくわかります。

「本当に死ぬかも」そう思った時に思い浮かんだ母の顔がなければ私も行動に移していたかもしれません。

多くの女性は容姿の他に勉強も頑張っています。語学やビジネス、投資、その他専門分野。私の友人たちは本当に皆努力家です。

2人も、留学や就職を控えていました。

外見だけではこの先食べていけない事をよくわかっています。

しかしやはり絶望はいつも容姿がきっかけです。どうしてでしょうか。なぜなら、他ならぬ自分が容姿至上主義だからです。社会がそうさせたという側面もあるのかもしれません。実際のところはわかりません。しかしはっきりしていることがあります。ブスを見るときの感情を自分で見つめ直してみると、恐ろしく冷たい気持ちになっている事を知ります。正直に言いましょう。私はブスが嫌いです。そして私が1番私をブスだと思っています。

そしてそんな女の子は、とても多いのではないでしょうか。

前回の記事で申し上げた"呪い"とは、噛み砕いて話すとこんなところでしょう。難しいですが、容姿の事を考えないことが呪いが解けた状態です。この世の中にはそこまで顔が整っていなくても幸せな人は大勢います。これを言うと一部の女の子はこう反論します。「そんな人生は求めていない」と。

幸せになれないから死にたいという声を

毎日のように聞きます。矛盾している事はよくわかっています。

どうすれば幸せになれるかは自分自身の問題です。私は私なりの幸せを探しますし、それは他の誰とも比較できる類のものではありません。幸せを見つけられる、それ自体が一種の才能なのかもしれませんね。しかし不器用な人間にとってはそうはいきません。トライアンドエラーと、もがくことです。おかげで、最近はなんとなく形が見えたような気がします。

彼女たちも生き残ったのだから今後自分なりの幸せの形を見つけて欲しいと願っていますし、更なる絶望はもう与えないでほしいと思います。

環境がそうさせたという側面も十二分にあります。それについてもっと周りの人は考えるべきです。

なんにせよ生きていてよかった。

未来があるということほど、尊いことはないと信じています。

呪いの解き方

自信をなくすとなにもできないんですよね。

 

私が今まで続けてきた勉強って音楽しかないのですが、理論の勉強が好きだなんてオタクのようで気持ち悪いとずっと思ってきたし、そんな事言っても引かれちゃうし、理解してくれる人は相当少ないでしょうし、音楽について自信を持ったことなんか、生涯で一度もありませんでした。まだ歌や演奏が上手なら、それはわかりやすい長所だと思いますが、そういう面にはあまり強みがないものですし、何より自分がやる事じゃないなみたいな諦めが小学生の頃からあったような気がします。オタク・陰キャ、そんな言葉だけが頭をぐるぐるしていましたが、多分私は根本的に好きなことなら無限に勉強できるのでしょうね。私は小さな頃からずっと可愛いものと小難しい音楽が好きで、学び続けたいと思っています。しかし、それは自分の中で長所とは思えませんでした。ただ、すきだから。すきだからやってきたことです。

だから可愛くなりたいと思っていたし今でも思っています。私が自分に自信を持つにはそれしかないと思って、10代から可愛い自分を渇望してきました。しかしやはり現実とは突きつけてくるもので、諦めなければならないことを悟る度に悲しいです。私はどうしてこんな顔なんだろうと、毎日思っています。慰めがほしいわけではなく、ただ思ったことを書いています。

可愛くないのに売れている女が心底嫌いです。可愛いという要素はとても主観的なものではありますが、主観的だからこそこんなにも拘ってしまうのでしょう。ただしかし、自分は可愛くないのです。なにをどうやっても、可愛くありません。

私は私のままたとえ有名になっても、きっと自分を許せないと思います。

こんな顔に生まれてきた自分を

そのまま生活してきた自分を

許せません。

 

曲を作ってきたのはただ好きだからです。何の意味もないと思ってきた勉強を続けてきたのは好きだからです。大人になって、好きではない事もやらなくてはいけないことも増えました。好きではない事を好きなふりをしてやり遂げなければならないことも増えました。それでも自分のことを可愛いと思えればそれだけで心は少し華やかに色づくでしょう。そのくらい私は自分の自尊心を可愛いという要素に依存してきました。

さて、つい最近二つ、自分の中で心が動くことがありました。

ひとつは映画「ジョーカー」を観たこと。人によって意見がかなり分かれる映画ですが私にとっては希望になりました。こんな暗く陰鬱な題材・表現が今の日本で共感を呼び受け入れられ、たくさんの人に支持されていること。それに安心しました。

ネガティブなパワーって、言葉では到底表しきれないものだと思うんです。強い衝動は、言葉で表現しようとした瞬間、少し陳腐化します。塊の暗いエネルギーを真っ向からぶつけてくれた。ジョーカーはそれが本当に気持ちよかった。

最近インスタでよく言っている「インストをやりたくなった」というのはこれが動機です。というか、ジョーカーを観て更に加速しました。衝動の塊の瞬間最大風速を落とさずに表現する方法がわからなかった。何かに対する「死ね!」というどうしようもない衝動って言葉にできないでしょう?言葉にしたらなんだか安っぽくなるでしょう?こんなに毎日怒りを抱えて、暴力をふるいたい気持ちを抑えているのに、ジョーカーのように銃を持ったら制御できない自分をどこかに感じているのにもかかわらず、うまく伝える術がないと思っていたけど、多分歌を乗せなければうまくハマるんだと思いました。おそらく歌がないほうが感情も乗せやすいでしょう。ジョーカーには不要な言葉は何1つなかった。シンプルでした。彼が人を殺した時、えもいわれぬ爽快感がありました。それはアメコミ特有のスカっとさせる演出にあると思いましたが、衝動を解放するという手段としてはとても合理的ではないですか。エネルギーの塊で殴るような曲なら、わたしにも作ることができます。

もうひとつは、私の曲を作る能力は素人から見たらなんだかすごい風に映ることを知ったことです。

コード進行のセオリーもソロのセオリー、各ジャンルの特徴もまあまあ頭に入っているし、打ち込みも慣れているから、リクエストをもらえれば簡易的な曲ならぱっぱと作れてしまうんですが、人前でそれをやってみせたらめちゃくちゃ凄いと言ってくれました。「え?これって凄いことなの?」と拍子抜けしました。凄いことをやっている自覚、本当にないんです。むしろ気持ち悪いことをしていると思っていました。だから信頼してる人にしかこんなことはしないけど、凄いと言ってくれた事は本当に励みになった。今までは凄いねと言われてもお世辞だと受け取ってきましたが、信頼してる人から言われたのが大きかったのだと思います。それもあり最近は、何か自分なりにできる仕事はないかと模索していましたが、副業として音楽の先生をやれるんじゃないかと、そう思うようになったのです。それを受けてのインスタでの音楽講座だったり、転職だったり、です。

 

ところで、出来る事が1つしかないというのは怖いと私は思っています。選択肢があることが大事です。出来ることがひとつしかないと、交渉の場にすら立てません。何かアクシデントがあったり、時代が変わったり、人生とはわからないことだらけです。それゆえに、強くなりたくてもがいてきました。しかし、おかげでなんとなく30歳を迎えるまでにやらなければならない事は見えた気がします。

先生なんて、本来は考えた事すらありませんでした。でも気づいたら人に教えることが出来るくらいには理論を勉強してきました。楽譜も読めます。本来はポップスを作るにはそんな能力必要ないんです。でも私にとっては小難しいことを考えることが楽しくて音楽をやってきたという積み重ねがありました。そんなことにすら気付けないほど、私は自信がありませんでした。また、音楽ではなく別のことに自尊心の拠り所を求めていました。可愛くなりたいということ。

おそらく呪いのようなものです。この呪いにかかっている女の子はとても多いと思います。引き摺られると大変なことになります。

私は最近、呪いの解き方を知りました。

27歳目前にして、ようやく呪いの解き方を知りました。

これからは少しだけ解放されて、自分の受け入れ方を知っていけると思います。

それは良い人との巡り合わせや環境のステップアップなど、運のおかげもあったと思います。

 

でも依然として可愛いものは好きです。私と可愛いものを一緒に作ってくれる女の子はずっと探しています。私は音で、誰かはデザインで…。または絵や、服や、映像、なんでもいいのですが、絶対に女の子がいい。やはり秘密基地は心の中にひとつは持っておいた方がいいです。それは怒られることではないです。一生乙女心を持っていたいですが、秘密の基地であるべきなので、隠すことを覚えました。気長に仲間を探します。

 

素敵な30代に向けて明日も頑張ります。

人生はまだまだこれからなので。

あの頃のライブは本当にライブという呼称で適しているのでしょうか

 


私ずっとあまりライブって好きではなかったのね。観客からしたらずっと立っていなければならないじゃないですか。もみくちゃにもなるし、そもそもチケットを取る労力、会場まで行く労力も考えるとかなりダルいなと思っていて、10代の頃は音源を聴く量に反してライブはあまり行っていませんでした。よほど好きでないと頑張れませんでした。

20代前半はクラブもよく行きましたがそれはゲストで入れるからで、座れなかったらあんな酒臭くてうるさいところに行きたくありません。まあ、楽しい時は楽しいんですけれど…。

最近はそうでもないですが、当時は盛り上がること自体、マイナスな感情で捉えていました。

自分でお金を払うなら、ゆったり観られるコンサートしか行きたくありませんでした。

それが一転ある時を境にライブに行くようになりました。そう、地下アイドルを知ってからです。

チームしゃちほこには一時期全通していたのは、女性限定エリアがみんな顔見知りになって内輪で盛り上がれるようになったからも大きかった気がします。なんだか学園祭みたいで面白かったのです。多くのオタクはアイドルの子に覚えられようと自己表現をしていて、これはなんだか今まで見てきた音楽のライブと様子が違うぞと思ったものでした。

そのあとBELLRING少女ハートに行くようになりましたが、更にその異様さは際立っていました。ライブは基本的にアーティストから受け取ったらそれで終わりですが、当時の地下アイドルシーンは、遊びまくってた気がします。自己表現と自己表現のぶつかり合いみたいな感じで、あの頃はシーン全体の熱量が半端ではありませんでした。私はその熱量をすきになった。あんな膨大なエネルギーは、生きていてそうそう触れられるものではないでしょう。

あんなに人が感情を剥き出しにして泣いて笑って傷ついて苦しんでもがく様をエンターテイメントとして受け取るのはなんだかいけないことのようにも思えました。しかしそれがクセになりました。ただ、それゆえに、あれらはアンダーグラウンドのままでよかった気がします。

地下アイドルのシーン全体をとおして、なんとなく感情の発露としてその場その場で生まれたものが形骸化して、ある頃から急速になんにも面白くなくなってしまった。見たいものはそれじゃなかった。冒頭で言ったとおり、ただ人が暴れ騒ぐ様なんて不愉快。叫ぶパートだから叫ぶだけなんて、そんなの………。

地上のしっかりしたアイドルさんの"コンサート"を観る方がよっぽど可愛いです。

立ってる脚がまた少しずつ疲れていくようになりました。

自分自身地下アイドルをやってきたけど、自分にはあんなに追い詰められて追い詰められて追い詰められた人間がもがき苦しんでる様が美しい、そんなライブは出来なかったし、そうこうしてるうちに時間だけがたってしまった。

私にとってライブとはなんなのかを問われるとあの頃の一瞬の火花、そこから生まれた膨大なエネルギーでした。

それまで私はずっとゆったり観られる"コンサート"しか好みませんでした。

しかし、果たして私が愛したあの頃のライブは本当にライブという呼称で適しているのでしょうか?

最近は仕事柄、色んなライブを観るようにしていますが、本来はもっとあっさりしているのですよね。観客はもっと真っ当に楽しみに来ているはずです。「そうよね、これがライブよね」と思います。cyberMINKとしての活動ではそれを遂行すべきですし、どんどんドライな視点で見られるようになってきました。やるべき事は明確です。

だからあれは全く別物の現象だったのです。とても局所的な現象に遭遇してしまったのでした。今ならそう思います。当時は若すぎて何も分からなかったけれど。

私は自分自身があんな表現をしたいとは思わないです。というか、できませんし、そもそもあの表現は、若い女の子が追い詰められた末の断末魔みたいなものですから、不可能です。cyberMINKでやるべき事はもっとほかのルートで正解を探り当てていきます。

単純に、あの頃は楽しかったなあという話です。

昔の話ばかりしていても仕方ないですけどね。私はこれからを作っていく側ですから。それは今後の活動で見届けてくれると嬉しいです。

それでは最後までお読みくださりありがとうございました。また。

キレートレモンでは肌は綺麗にならない

キレートレモンでは肌は綺麗にならないので10代美容垢の言うことなんて間に受けてはいけません。早いうちから努力をすることは大事ですが、「運動が何より今後の肌と体重維持に効果的ですよ」、なんて正論はこの歳の子達にはあまり通じませんね。なにせ、少し食べないだけですぐ体重が落ちるんですから、断食が手っ取り早いに決まっています。10代というのは、肌質が生まれつき悪いと言うわけでなければたくさん寝ればそれだけで綺麗になるような、そんな年頃ではないですか。

私は10代はとにかくお金を稼ぐ準備をすることの方が大切だと思います。なぜなら

 

25歳までの可愛さは才能が8割

25歳以降はお金と余裕が8割

 

だからです。

お読みいただいてる皆さまにも身に覚えはありませんか?あんなに可愛かった同級生が、久々の同窓会では埃をかぶったようになってしまっているという現象。もちろんその逆もあります。

私は10代の頃よく言っていました。27歳で死ぬと。周りのメンヘラもよく「若くて綺麗なうちに死ぬ」と言っていましたがまだ全然みなさんご存命です。

さて、女性の7割が80歳まで生きると言われています。30歳を超えてもまだ50年残っています。

バカみたいな話なんですが、私つい最近まで、若さをなくしてからのほうが人生長いって、知らなかったんです。

若さを無くしたら空っぽな事がバレてしまうような子にとっては特に重大な問題です。25歳以降は外見の維持の難しさのハードルが高く高く上がります。上の方は見えません。どうすれば超えられるのでしょうか?答えはお金です。カイジみたいなこと言ってますがこのハードルはお金で買うのです。お金と心の余裕、真っ当に大切にしてくれる男性、充実した毎日、全て揃えば尚良いでしょう。

散々言われていますがキレートレモンはただの糖質なのであんなものはジュースで、ビタミンCの量も大したことありません。あれを飲むならサプリを用いるか、私なら直接注射します。

これは大原則なのですが、効果の大きさは  メス>注射>経口摂取>塗る  だからです。(日焼け止めを除く)

名前に惑わされず、きちんと成分を見て、注射をする。キレートレモンの何十倍も金額はしますが、それがお金で買うということです。

シミが消えないならどんな高級化粧品よりもレーザーで焼いてしまうことです。

逆にいうとある程度美しさはお金で買える時代ですし、すなわち、若い頃は美しくなかったとしても、生き方次第で追い越せるようになったという事だと思っています。というか、でなければ救いがありません。

そろそろ食べないくらいじゃ痩せないと言う声をたくさん聞くようになってきました。私もです。普段は1日1食(しかも理由が胃もたれ)なのに体重は変わりません。筋肉をつけるべく通うジム。毎日のプロテイン。私は筋肉がつきづらい体質なので人の倍量飲めと言われました。

でもね、これはきっとまだまだ変われるというサインだから私はお金を出すし、かつ手間暇かけますよ。

母はよく言っていました。「10・20代に綺麗でいても、周りもみんな可愛いんだから埋もれるでしょ。30代以降綺麗だと、すごく目立つの。授業参観がすごく楽しいの。」と。確かに私の母は50歳の今もとても綺麗な顔をしています。

「どうすれば綺麗になるの?」と子供ながらに聞いたんですが、お金とも余裕とも言いませんでした。「選ぶ男次第かなあ。」とのことでした。女としてカッコいいですね。見習いたいものです。子供ができたら私も言いたいな。

などなど偉そうなことを言いながら、朝ごはんはチョコパンを食べてしまいました。脂質制限中なので不適切です。現在上海滞在中ですが、どうしても中華料理は油が多いので、ゼニカル持ってこればよかったな。

しかし、脂質制限をはじめてみたら糖質制限よりもずっと身体の調子がよいです。痩せるかどうかはまだわかりませんが、まず、酷い胸焼けがなくなり、胃もたれが軽減しました。

脂質制限をはじめたきっかけは、肥満遺伝子検査にて、脂質の代謝が苦手なことと、タンパク質を主エネルギーにしてしまうため筋肉がつきづらい(日本人の16%しかいないそうです)という結果が出たからです。

肥満遺伝子検査はやって正解でした。皆さんにもオススメします。

筋トレと糖質制限を併用するパターンが多いですが、なにが自分に向いているかは自分にしかわからないので、自分なりの型を作ることがなによりも大切ですよね。そういえば投資についても同じことを与沢翼がつい最近つぶやいていたな…。

最後に。いつも言っていることですが、女の子はみんな可愛いなんて、それはただの思考停止です。もともと才能のある人か、掴もうと思い適切な行動をした人だけが手に入れられるのです。

でも可愛くなれない人なんて誰一人としていません。絶対にそうです。頑張りましょう。

それでは、最後までお読みくださりありがとうございました。